2.訪問看護の可能性と、訪問看護師の持つチカラ
行動派の平澤さんと、どっしり冷静な平澤理事。
なんとも絶妙なバランスで、のびのびと仕事ができているのは旦那さんのサポートの賜物だと伝わります。
こうして2015年、平澤さんが45歳の時に、くくる花巻訪問看護ステーションを開設しました。会社を設立するにあたり一般社団法人 恵幸会を設立しましたが、その運営を支えるため、なんと、旦那様が当時働いていた会社を退職し理事として就任され、公私ともに全面的にバックアップされたそうです!強力な味方を付けた平澤さんは、訪問看護ステーションの土台作りに全力で集中することができたそうです。
ここから約10年、怒涛の事業展開が始まります。
「どうにかしてあげたい」「あったらいいな」と思うたびに増える事業
「困っている人、放っておけないんでしょうね。」
平澤さんご本人含め、平澤理事(旦那様)、花巻市役所健康福祉部健康づくり課の佐々木さん、総合花巻病院総合診療科部長の澤田医師、理学療法士(PT)の高橋さん、今回取材した皆様が全員口にした言葉です。
平澤さん「どんな方であっても、自分の目の前に困っている人がいるのだから、なぜ放っておける?」
くくる花巻訪問看護ステーションは開設後、地域で需要があったため2か月で黒字になりました。たくさんのご利用者様へ訪問する中で、ニーズもケアの方法も本当に様々で、色々な気づきも生まれてきました。もちろん、地域の他事業所のサービスにつなげることもしてきましたが、より理想的なケアをつなげるために「こんな事業所があったらいいな」と思ったら、「それなら、自分でやるしかない!」という想いで事業を展開していったようです。
ではここで、平澤さんの事業展開を時系列で見てみましょう。
看護小規模多機能施設やステーションに並ぶ車たちに、保育園。自然豊かな環境で、お部屋から田園風景が覗けて居心地が良さそうです。
訪問看護ステーションと同一敷地内での事業展開。長期的な事業計画のもとで展開されたのではなく、「どうにかしてあげたい」「あったらいいな」を実現するために奔走した結果がこうなっただけ、とのこと。
高橋PT(くくる花巻訪問看護ステーション)
「平澤は、「助けて」とか「どうしよう」っていう声に、すべて応える人なんでねぇ。」
しかし、経営の面からみると、地域の声に応える一心で事業展開をしていたら、もともとの事業が不安定になるリスクも考えられます。主軸である訪問看護ステーションの運営を安定させながら、地域の声に応える事業を立ち上げることは、既存事業の安定化と地域ニーズのバランスが大事だと言えます。ということは、いかに地域の課題や現況を的確に把握できるか、がポイントではないでしょうか?
地域の課題をどうやってキャッチしているかというと、これがTHEアナログ。「あちこちに出向くことが一番!」だそうです。
地域には、医療介護推進会議、管理者会議、緩和ケアチームの会議や障害の審査会など様々な会議がありますが、声がかかるものはとにかく断らず出席したそうです。時間を確保するだけでも大変そうですが、そのおかげで知り合いが増え、顔が見えて熱量が感じられるネットワークが作れたようです。
飛び抜けて明るい高橋さん!この笑顔とユーモアのセンスが最高でした!質問に丁寧にお応え下さり、きっと利用者さんとの関りも丁寧なんだろうと思いました。
ネットワークを通して、利用者の紹介につながることもあり、結果として自分に返って来ることも実感しています。それ以外にもネットワークを通して、地域の課題を共に考え、必要なサービス(事業)を見い出し、それを確実に実現しているのです。
これぞまさに、顔の見える関係を築くための方法と言えますね!!このフットワークの良さが、平澤さんの凄いところだと思います。
高橋PT「とにかく、相手を待たせない。なんたって、行動が早い!後回しにしないんですよね。「今こんな課題があるから、こんなサービスがあると良いと思うんだよね…」と言ってるかと思ったら、もう地鎮祭やってる(笑)それくらい、早いです!」
「その疾(はや)きこと風のごとく」。平澤さんは、まさに疾風!怒涛の事業展開には、この素早い行動力にも関係していますね。
佐々木さん(花巻市役所健康福祉部健康づくり課)
「平澤さんとは約17年来のお付き合いになります。最初は看護師としてのプロフェッショナルオーラを背負っている怖い人かなと思いました(笑)。会議を通して関係性ができて、今では本音で話し合える仲間です。自分も地域のあちこちに直接出向いていくし、問題を抱えている人を放っておけないタイプだから、平澤さんとは同じ思いで仕事が出来ます。」
澤田医師(総合花巻病院総合診療科部長)
「平澤さんとは、言いたいことが言える。結局、患者さんや利用者さんに対する熱量が一緒なんですよね。私も同じで、頼まれると断れない。放っておけないのは、共通しているところですね。」
道すがらよく連携している薬局や施設の近くを通るとき、「何か変わったことない?」と立ち寄るそうです。そのくらいの気軽さで、各方面に顔を出しているとのこと。普段からお互いに声をかけあうことが、いざという時に大きな力を発揮するようです。
そして、平澤さんが報告や連絡をする際、澤田医師いわく「平澤さんは端的に結論から述べる英語的な伝え方をするので、こちらも考えながら話を聞けるので有難いです」とのこと。これはコミュニケーションのポイントとも言えますね。
訪問看護の可能性と、訪問看護師の持つチカラ
花巻への愛情が伝わる佐々木さん。佐々木さんのような何でも気軽に話せて一緒に考えてくださる行政職がいる地域は安心ですね。
住み慣れた場所で最期まで生ききるためには、医療や介護、福祉がしっかりと連携し、地域全体がチームワークを築くことが求められます。 また、利用者さんの多様なニーズに対応するためには柔軟性が求められますが、平澤さんは訪問看護の視点からさまざまな職種をつなげるだけではなく、自らサービス事業所を開設して地域全体のニーズに応えようとしています。このチャレンジングな姿勢に、訪問看護の可能性を強く感じました。
佐々木さん「平澤さんに出会ったことによってすごく視野が広がったと思います。わからないことは教えてくれますし。そうすると、平澤さんを介してネットワークが広がってく。すごく広がっていいっすよ!」
澤田医師「平澤さんは看護師の視点で患者さんをみて、どんどん情報をくれる。その視点は、私たち医師が持っていない視点なんですよね。特に患者さんのくすぶっている思いとか。私たちが見えないところをきっちりとみて、例えば、どうして訪問診療が必要なのかっていうのもどんどん言ってくれる。判断できるところはきっちり判断してくれるし。」
平澤さん「きちんと物が言えることって大事。やっぱり言語化は大事だからね」
職種は違えども、利用者さんにかかわる人たちの気持ちは一緒です。そんな多職種みんなが顔見知りとなって本音で話し合える関係性ができると、より一層、共助力を発揮することができます。
佐々木さんも、澤田医師も、平澤さんも、それぞれに「こき使われてるよ~(笑)」と言いながらも、「持ちつ持たれつだよね~!」と笑顔で語ってくれました。
花巻のこと、在宅のこと、優しく穏やかに語ってくださった澤田先生。物静かでもご利用者さんへの愛情はとても熱いと、ひしひしと感じました。
お2人の軽快なやり取りから、花巻の人の温かさを感じます。お互いを最高のパートナーと呼べるほど、信頼感でつながっていました!
そして多職種で地域連携するということは、点で支えていたものがつながって線で支えることができ、地域で切れ目のない、シームレスなサポートが可能となります。これぞまさに、地域包括ケアシステムの理想形ですね。
ちなみに佐々木さんのお嬢さんは看護師で、訪問看護にも興味があるとのこと。佐々木さんは、「家族との係わりや話すタイミング、コミニケションスキルが身に着けられそうで面白いんじゃないかな」と感じているそうです。そうなんです!訪問看護師のスキルって、医療的スキルだけじゃないんです!
平澤さん「毎日が多世代交流になってますね。子どもと高齢者ってすごく相性がいいので、どちらにとってもすごくいい環境だと思います。」
くくる花巻の看護小規模多機能型居宅介護にお邪魔すると、法人内の保育園の子どもたちを優しく見守る高齢者の姿がありました。
以前の家族構成は、三世代家族での生活が主流で世代の異なる人との交流は当たり前でした。しかし、今ではそんな場面も減っています。こうした場所で多世代交流することで、子どもにとっては心の豊かさや思いやりの心が育まれ、高齢者にとっては楽しみや癒しとなると思いました。
看多機の廊下から眺める風景。看多機の扉の向こう側は、廊下を挟んで保育園。日中は、子どもたちの元気な声が聞こえてきます。どろんこ遊びをしている子どもたちを優しく見守る光景が素敵でした。
事業の維持と発展のために…?やっぱり営業でしょう!
これまでにくくる花巻が展開した事業は6つですが、現在は訪問介護事業所は閉鎖し、5つの事業を運営されています。これだけ多くの事業を維持していくのは容易な事ではありません。ここまでしっかり維持できているのは、同一法人内でうまく連携しながら運営しているということがポイントのようです。例えば、くくる花巻内のサ高住の利用者さんは、日中は同一法人内の看多機を利用することで移動の負担もなく、一日通してサービスを受けることができるメリットがあります。
一方でサ高住に法人内の訪問看護ステーションから訪問看護に入ることもできます。
そしてもう一つ、忘れてはいけないのが経営者としての冷静な目。ときに、事業に見切りをつける見極めや決心も大事だと。
このように知恵を働かせて切り盛りすることも必要ですが、事業維持のために最も大事なこと、それは、営業だそうです。自分たちが思っている以上に、訪問看護は認知されていない…と。
佐々木さん「訪問看護って、自宅を訪問して医療を提供するのかな、くらいしかわからなかったです。」
今では、強力なタッグを組む行政の佐々木さんですが、最初はこのような理解だったようです。
では、訪問看護を地域にここまで浸透させたのには、どのような工夫があったのでしょうか?
高橋PT「うちの事業所はみんなが営業をしています。所長がちょっとしたパンフレットを作って、薬局さんや事業所さんとかに積極的に営業活動をしています。自分も、空いているときや月末に報告書を渡しに行くときに営業していますよ。」
あえて営業の時間を作るのは難しいので、すき間時間を上手く活用しているんですね。そのため、仰々しいご案内パンフレットではなく、A4三つ折りにした簡単なものをカバンの片隅に入れて「行ってきま~す!」と出て行く。伝えることは、現在の空き状況や、新しい職員が入ったから訪問に行ける枠が広がったことなど。用事ついでのさりげないPRだから、情報を簡潔に伝えてパンフレット&名刺を撒いてくる。
高橋PT「もうね、手裏剣のように撒いてきます(笑)。やっぱりね、電話とかじゃなくて、できるだけお会いして。たかが営業されど営業で、お互いの顔がちゃんと見えるところでお話しするのって大事ですね。これも平澤からの教えです(笑)」
営業は、準備して「いざ!」と行くものではなく、日々、だれもが実践できる簡単な行動として行う。地道な努力かもしれませんが、この積み重ねでステーションのことも、そこで働く看護師のことも知って頂くことができ、利用者さんを紹介してもらうことができ、稼働率が上がります。
あえて営業活動することも必要ですが、日々のちょっとした行動が実を結ぶという、そのさりげない行動を見せる方が、スタッフにも浸透しやすいかもしれませんね。