第1弾
医療機関が少なくても在宅看取り率が高い町
京都府与謝郡伊根町

在宅看取り率が高い理由とは

伊根町の人口は約2,000人、世帯数898世帯、高齢化率は約48%1)であり、全国の高齢化率28.9%と比べるととても高いです。伊根町には診療所が2か所、訪問看護ステーションは1か所しかなく、医療の確保が難しいことからへき地とも言われる地域です。
このように医療機関が少ない伊根町ですが、在宅死は22.2%!全国平均が17.2%2)なのでこの数値はとても興味深いです。

伊根町の多職種連携は最強!

伊根町の医療を支えているのは、2つの診療所と1つの訪問看護ステーション、1つの地域包括支援センター、そして1つの在宅看護支援センター。医師は常駐ではなく京都府立医科大学付属北部医療センターの⽯野先⽣が診療所で診ているという、いわゆる医療過疎地域です。
両方の診療所に医師がいることはほとんどない中で、利用者さんやその家族が安心して在宅療養するには、訪問看護師の力が重要なのは言うまでもありませんが、医療過疎地域でここまで高い在宅看取り率を実現するには、1つの力だけではなかなか難しいのではないでしょうか?

石野先生

伊根町出身の石野先生は地域への愛情がたっぷりです

伊根町には『石野ルール』という約束事があるようです。
藤原所長「夜0時から朝5時までは先生と連絡がとれないんです。でもご利用者さんには「先生には深夜はかけられないけど、看護師にはいつでも電話して大丈夫ですよ」と伝えているので、『看護師にはいつでも相談できる』と印象付けることができたと思います。」

訪問して判断に困った時はどうされているのか気になりますが、それは心配無用でした。石野先生が就任されてから訪問看護師はICTを活用するようになったと!呼吸状態を動画で送り先生に診てもらったり、石野先生のお顔を見せながら話もできるので、ご利用者さんも不安なく過ごせるそうです。
「石野ルール」について当事者の石野先生にお伺いしました。

石野先生「突然来た医師が夜間は連絡が取れないと言うと、反感をかうのは当然だと思っていました。でも、石野先生と頑張ろうと言ってもらえたことは本当にありがたく思っていますし、訪問看護師さんの存在は本当に頼もしいです。」

ICT

先生・看護師・利用者さんをつなぐ大事なツール、ICT

利用者さんも安心

自宅でも病院と同じように連携が取れるので利用者さんも安心です

また、訪問看護師の上野さんにも石野ルールについてお伺いしました。
上野さん「ICTを使って先生もすぐに指示を出してくださるので、こちらも不安なく対応ができます。在宅の看取りができているのは石野先生の存在が大きいと思いますよ。」

連絡が取れない時間があっても、医師と訪問看護師の相互の信頼関係が伝わってきました。

今春、伊根町訪問看護ステーションに入職した石井さんは、3か月間でなんと3人のお看取りをされたそうです。病院で6年間勤務した経験があるとはいえ、在宅での看取りには不安があったはずです。頻繁にカンファレンスなどして情報交換をする体制なのでしょうか。藤原所長さんに伺ってみました。

藤原所長「訪問に行ってわざわざカンファレンスの時間を取らなくても、いつもみんなで報告しあうので、常々カンファレンスをしている感じです(笑)。新人もベテランも関係なく、訪問の様子や困りごとなど気兼ねなくいつも話しているような雰囲気なんです。それに、物理的に距離が近いこともあって多職種との情報共有はしやすいです。伊根町には地域包括支援センターも在宅介護支援センターも一つずつしかないので、「集合~!」と言ったらすぐに集まれる。このコンパクトさも伊根町の良いところですね。」

なるほど。日頃の疑問や不安をすぐ解決できるのは、訪問看護にとって重要ですね。
石井さんと同行訪問をさせていただいた時に、経験が浅いのにも関わらず、相手に寄り添って丁寧に対応されて素晴らしいと思いましたが、その背景には何でも話し合える環境があったようです。

石井さんは病棟での看取りとの違いについて、

石井さん「皆さんから頼られるので、自然と日々勉強しています」

石井さん「病院だと決まった時間に点滴して、検温してという感じで、看護というより業務のようでした。それに病院での看取りは、家族にも会えなかったり、清拭や爪切りをしたくても時間のせいにしてできなかったんです。でも、在宅では最期までずっと手を握ったり、お孫さんが寄り添っている姿を見ると、自宅で亡くなるのってあたたかいなって思いますね。介護者は大変だけど、家で頑張ってよかったと言われることが多いので、在宅死って大きいことだと思います。」

石井さんの気持ちの変化については、

石井さん「私自身も、しっかりとその方と向き合えるし、手浴をしてちょっとでもお風呂に入っている気持ちよさを味わってもらえたらなと、自分がやりたいと思っていた看護ができているのでやりがいを感じています。」

在宅看取りは、多職種連携が重要となります。入職して日が浅いとさすがに関係性を作るのが大変だと思い、伺ってみました。

石井さん「ここは、他の職種の方と関係性がとても近いです。近くのケアハウスに行けばケアマネジャーさんがいらっしゃるし、ステーションの1階には地域包括支援センターがあるので相談しやすい。

さらに診療所もすぐ隣なので薬のことで相談できたり、私が受け持つ前に診療所の看護師が訪問看護師として訪問されていたので、疑問があったらすぐに診療所に行って相談して一緒に解決策を考えてもらっているんです」

皆さんのお話から伊根町の多職種連携は最強!であることが分かりました。
こうやってICTの活用や多職種連携という土台は、伊根町の在宅看取り率に関連していることは明らかだと思いました。
 ・・・でも、そもそも伊根町は終の棲家として、「自宅」が選択肢の中にある地域性があったのでしょうか。
次回は、町民の意識を変えた取り組みについてご紹介します。
出典:1)伊根町第9次伊根町高齢者健康福祉計画、2)厚生労働省:「在宅医療にかかる地域別データ集」令和3年度データ

町民の意識を変えた取り組み

伊根町の在宅看取り率は全国より高い割合ですが、以前は病院や特別養護老人ホームで亡くなる方がほとんどだったそうです。ではなぜ増えたのか?
2015年頃から地域包括支援センターを中心として、在宅看取りに取り組もうと研修会を始めたそうです。研修会というと講義等が思い浮かびますが、ここ伊根町の研修会は一味違います。なんと、伊根町役場の職員や石野先生、訪問看護師が役者に扮して「劇団伊根」の一員となり寸劇をされるそうです。日常生活の中で死に直面する場面等を熱演し、その劇を観た後に「寝たきりになったらどこで過ごしたい?」というようなテーマを町民の皆さんと話し合い、「わたしの綴り帖(エンディングノート)」を書いていくとのこと。「死」がテーマだと暗くなりそうですが、皆さん和やかに語りながら記入しているそうです。元気なうちに自分の最期をどうするかを皆で考える。その背景にも、さまざまな専門職による連携がされていました。

石野先生「人は生きてるからいつかは死ぬものです。と、死ぬ話ばかりをしていたら、まあ評判が悪かったと(笑)。今は、どこで暮らしていたいか、どうやって暮らしていきたいか、その延長で死がある、というように話に変えたそうです。『死にざまは生き様』と思っているので、本人の意思とその周りの人が見守っていける雰囲気を作りたいと思っています」とのことでした。

生まれ育ったこの地でどう生ききるか

「生まれ育ったこの地でどう生ききるか?」
町民の気持ちに寄り添いながら説いてくださりました

梅崎さんに憧れて転職されてきた坂井さん。
熱い思いはしっかりと引き継がれています

地域包括支援センター社会福祉士の坂井さんは
坂井さん「私は台本作りを頑張りました!伊根町あるある事例を劇に盛り込んだり、『訪問看護を利用していたら救急車を呼んだらダメやで!』とかを、石野先生のセリフにつけたりして最高でした。訪問看護師の方とは『在宅でこんな亡くなり方ってありますか?』と相談しながら台本を考えて、皆で作り上げるところがいいんですよね。それに、この研修にはたくさんの住民が参加できるように、送迎バスが出て人を集めたんですよ。」

なんと!町民の皆さんに参加してほしい時はバスが出るとはすごいです。
このほか、在宅看取り交流会を企画して、看取りをしたご家族と、現在、看病をしている方が交流したのも好評だったそうで、いろいろな企画を皆さんで取り組んでいるのは素晴らしいですね。
このような研修会の効果はどう感じているのでしょうか。

藤原所長「先生や地域包括の方が研修会をやったことで、町民の皆さんの意識の変化があったと思いますよ。在宅で最期までいられるんだと知って、件数も増えたのは研修のお陰だと思います。」

所長の藤原さん

医療と生活の視点を持って利用者さんと関わる訪問看護師は、医師やケアマネジャーなど多職種からの信頼も厚いです

石野先生「診察のときに在宅看取りについて話題が出て、受け入れが良くなった印象があります。伊根町では以前、自宅死が5%位だったんですけど、3年間で30%になりました。以前アンケートをとったら60%が自宅で死にたいという結果だったので、これからも60%を目指していいと思いました。でも、これが90%となると在宅の押し付けになるから、今の30%位がちょうどいい塩梅かと思っています。」

穏やかな波音にのって優しい潮風が吹き抜けます

伊根町出身の石野先生は、海と山の見慣れた景色があり、近所の人が遊びに来て、舟屋の2階から波の音を聞きながら亡くなる人を見ると『ここは町全体がホスピス』と感じるそうです。
ACP(アドバンス・ケア・プランニング、人生会議)とは、人生の最終段階で受ける医療やケアなどについて、患者本人と家族などの身近な人、医療従事者などが事前に繰り返し話し合う取り組みのことであり、さまざまな箇所で取り組まれています。ここ伊根町では、「一番根本にあるのは本人の意思。それを受け入れられる家族、地域の皆さんが『家で死んだってええじゃないか』」と、地域を醸成させている取り組みであり、それが町民の意識を変えたのだと感じました。