第1弾
医療機関が少なくても在宅看取り率が高い町
京都府与謝郡伊根町

ルポ第1弾は京都府にある伊根町訪問看護ステーションです。
歴史的建造物が立ち並ぶ京都から電車とバスを乗り継ぐこと約2時間半。
北へ北へと進むと、そこは、緑深い山と、エメラルドグリーンの湾を縁取るように並ぶ舟屋の景色。
観光地の賑わいとは全く違う、穏やかで美しい海がまぶしい別世界が広がっていました。
そんな自然豊かな場所に、今回お邪魔する伊根町訪問看護ステーションがあります。

伊根町は全国でも珍しい舟屋の町並みで知られていますが、町にはスーパーもコンビニもありません。
医療機関が少ない中でも在宅看取り率が高いとのこと。
それはなぜでしょう?
どうやら、そこには訪問看護師も含めた町ぐるみでの取り組みがあるようです!
そこで、今回は、伊根町で繰り広げられている訪問看護ステーションを中心とした地域づくりについてご紹介します。

伊根町訪問看護ステーション

町役場

この建物の隣には診療所。後ろには町役場

伊根町訪問看護ステーションは伊根町役場の敷地内にあり、町役場が運営しています。訪問看護ステーションの建物の1階には地域包括支援センターと伊根診療所が隣り合っていて、訪れる町民にとっても働く医療者にとっても、便利で相談しやすそうな環境です。
私たちが最初に向かったのが、この町役場と訪問看護ステーションでした。伊根町の玄関口にある役場場は舟屋をモチーフとした建物で温かみがあり、緊張して到着した私たちを和ましてくれました。

今回注目する伊根町訪問看護ステーションは、モデル事業を経て、1995年に京都府で2番目に設立されました。設立の背景には、約40年前から保健師として活躍されている梅崎さんの存在が大きいようです。
伊根町を知るにはまずは梅崎さんということで、お話を伺ってきました。梅崎さんは「伊根町は私が守る!」と、保健師1年目から多くの家庭を訪問し、健診や相談事業で多くの町民と接した、熱い思いと行動力のある保健師さん。この熱意はいったいどこから来たのでしょうか。

梅崎さん「私は血を見るのも嫌なので看護は嫌でしたが、親の勧めで看護学校に進学しました。ある時、保健師長が公衆衛生の講義にいらした時に「ぜひ私こそ伊根町の保健師になって、伊根町の健康を守りたいと思う人がいたら声をかけてください」とおっしゃったんです。その時ピピっときて保健師になることに決めました(笑)」

そして、当時の副町長が直々に梅崎さんのお家にご挨拶にいらして、「奨学金を出すのでぜひ伊根町の保健師になってください」と熱望されたそうです。毎月送られてくる奨学金には応援の言葉がいつも添えられており、それが涙が出るほど嬉しく、梅崎さんは学生時代から『自分は伊根町の保健師なんだ』と思って勉学に励んだそうです。
晴れて伊根町の保健師になった梅崎さん。とはいえ、実践の現場は大変だったのではないでしょうか。

梅崎さん

柔らかく優しい表情の中にも、保健師としての芯の強さが伝わる梅崎さん

梅崎さん「その当時、出向してこられた京都府の保健師さんが素晴らしい人で、新人保健師が来るからと、ずっと準備をしてくださったんです。周りの方も手厚くサポートしてくださったので自然と頑張れました。町民の皆さんも大事にしてくださって、毎日が楽しくて仕方がないという感じで働いていました。」

この時の経験から、「町民が健康で安心して暮らせる生活に一歩でも近づけるように、私ができることで恩返ししなくちゃ!」と思うようになったようです。この『恩返し』という気持ちが梅崎さんの原動力になっていたんですね。

そんな梅崎さんは、訪問看護のモデル事業も後押ししてくださったようです。
梅崎さん「困ったことがあったら声をかけてくれて一緒に考えて欲しいと言ってくれたことは、ものすごく大きな力だと思っています。同じ看護職の目で伊根町を支えていこうと理解してくれたことは本当に有難かったです」

こんな梅崎さんの思いは多職種にも波及し、みんな一丸となって伊根町の健康を守ろう!という思いの中、訪問看護ステーションは開設されました。
開設後、特に宣伝はしなかったもののモデル事業で「訪問看護は良かったで」「亡くなる前とか助かったで」と町民の口コミで評判が広がっていったそうです。きっと当時の梅崎さんと藤原所長さんの土台があったからこそ、「訪問看護は頼れる存在」として町民の皆さんに根付いたのでしょう。
現在、伊根町訪問看護ステーションは看護師3人のほか理学療法士や事務さんで運営しています。(2023年7月現在)
24時間連絡や相談ができ、また緊急訪問も可能な体制になっていることから、時々、夜間の緊急訪問護も行っている様子。自然豊かな伊根町ではイノシシや鹿が出没するので夜間の運転には特に神経を使うそうです!
伊根町訪問看護ステーションを利用されているご利用者様(介護保険)のうち、要支援から要介護2までが約7割近いため、訪問看護では予防的な取り組みも行っています。

職員の皆さん

会話の中で「報・連・相」が成り立つ職員の皆さん

所長の藤原さん

開設当初から携わっている所長の藤原さん

「以前は理学療法士がいなかったので他の事業所から来てもらってリハビリメニューを作ってもらいました。
そして、目標に合わせて『訪問看護の卒業』を設定しています。良くなったらやっぱり私も嬉しいですね」と藤原所長さん。卒業を設けてしっかりと看護の評価を行っているのは素晴らしいと思いました。

ルポ中に同行訪問をさせていただいた看護師の上野さんは、もともと診療所の看護師をされていたそうです。
上野さん 「診療所に通っていた人を今は在宅で看ている感じです。訪問している間はずっとご利用者様と一緒に居られるので変化もわかりやすいし、来てくれると安心だし嬉しいと言ってもらえるとやりがいを感じます。」
『訪問看護は生きがいです』と語る上野さんの表情はとても生き生きされていました。

上野さん

訪問へ行く車の中で伊根町の生活や文化をご紹介してくださった上野さん

藤原所長には、訪問看護のプロとして大事にしていることを伺いました。
藤原所長「『あなたのことを知りたい』ということですね。病人対看護師ではなく、人として知りたい。受け入れてもらいたい。病院だったら病院のルールで動くけれど、在宅看護はその方が住むお家に『お邪魔している』という気持ちで訪問しているので、偉そうに指導はしないし、いい関係を作ろうとする努力をしています。」
藤原所長さんが大事にしている人との関係作りは、伊根町の在宅看取り率にも影響しているのではないかと思いました。

藤原さん

個々のニーズに合ったケアを提供している藤原さん。藤原さんを信頼しているご利用者さんのまなざしが印象的でした

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医療機関が少なくても在宅看取り率が高い町
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